東京都杉並区エリア情報

井の頭線で生まれ故郷の浜田山へ 激変した住宅地の生家跡で起こったこと [2026年1月 流浪の大徒歩 その7]

東京都杉並区エリア情報
スポンサーリンク

当初予定にまったくなかった「流浪の大徒歩」シリーズ。

吉祥寺の「いせや 総本店」で一旦落ち着いた僕は、次の行き先をぼんやり考えていた。

2026年1月 流浪の大徒歩 前回の記事はこちら

いせや総本店 訪問レポート 〜 建て替え後も昭和の風情が残る吉祥寺の名店で焼鳥とシューマイを堪能!! [2026年1月 流浪の大徒歩 その6]
吉祥寺の焼き鳥の名店「いせや総本店」に行ってきたのでご紹介。この日は2026年1月の「流浪の大徒歩シリーズ」の一環としてご紹介。2026年1月 流浪の大徒歩 前回の記事はこちら2026年1月 流浪の大徒歩 記事一覧はこちら(更新ごとに増えま...

2026年1月 流浪の大徒歩 記事一覧はこちら(更新ごとに増えます)

2026年1月流浪の大徒歩
「2026年1月流浪の大徒歩」の記事一覧です。

 

「いせや」で飲み始めた時点では、中野か新宿に出て一人二次会、くらいに思っていた。

ところがいせやのシュウマイとエッグハムカツが思った以上にボリューム満点で、すっかりおなかがいっぱいになってしまった。

この後にすぐ飲食店に入るのは辛いな、と思った僕は、「せっかく吉祥寺に来て時間もあるから、生まれ故郷の浜田山に行ってみよう」と思い立った。

スポンサーリンク

井の頭線で生まれ故郷の浜田山へ 激変した住宅地で生家跡で起こったこと

▲  吉祥寺駅から井の頭線で浜田山へと向かう。

 

▲  浜田山駅を降りても、正直変わりすぎていて当時の景色が浮かんでこない。

当たり前のことだが、50年前にはモスバーガーなんかなかったわけだし。

 

▲  駅前の商店街、右側の建物自体は建て替えられたように感じるが、建物の1Fに八百屋や果物屋、魚屋などがあった景色と一致する気がした。

 

▲  駅前の商店街の外れにある「みずほ銀行」の看板は昔のまま。

ただ、当時は「第一銀行」の赤い看板だったと思う。

 

▲  一旦駅に戻り、踏切を渡って反対側へと向かう。

この周辺は6〜7年前に一度来て、居酒屋で飲んだ記憶がある。

 

▲  写真正面の緑色の日除がある八百屋さんは昔のままだと思う。

 

▲  この「ふみきり」という居酒屋に6〜7年前に立ち寄った。

串揚げ・海鮮 ふみきり 〜 京王井の頭線 浜田山駅 ホントに踏切のすぐ脇!昼から深夜4時まで営業の昭和ムードの居酒屋が良いぞ! [浜田山グルメ]
生まれ故郷の杉並区浜田山にある「串揚げ・海鮮 ふみきり」というお店に行ってきたのでご紹介。今回15年ぶりに生家の付近を散策しに行き、そのあと隣の西永福駅近くにある「下高井戸浜田山八幡神社」に参拝。すでに暗くなってきてしまったので、軽く食事を...

ブログに記事も残っている。

この日も立ち寄りたかったのだが、いかんせんおなかがいっぱいすぎた。

 

▲  さきほどとは線路の反対側の路地を歩く。

残念ながら記憶にあるお店は一軒もない。

 

▲  ここも昔はもうちょっと賑やかな商店街だった。

右側にレコード屋さんがあって、そこでレコードを買ってもらった記憶がある。

もちろん今ではレコード屋さんは残っていない。

 

▲  商店街を突き当たりまで行き、右に曲がるか左に曲がるか。

右に曲がった自転車が何台か置いてある場所は、かつては本屋さんがあった。

子供のころに、その本屋さんで「ドラえもん」の単行本を買ってもらったのを覚えている。

残念ながら、その本屋さんも残っていなかった。

 

▲  上の写真から今度は左を向くと、踏切があり、その角にお茶屋さんがある。

 

▲  この踏切が好きで、子供のころ、良く祖父母に連れてきてもらっていた。

 

▲  そして、この角のお茶屋さんは、当時の記憶のまま残っていた。

今回一帯をぐるぐる歩き回ったが、当時の記憶のまま、というのはこのお茶屋さん一軒だけだった。

 

▲  浜田山駅前から、生家の方向へと向かうが、景色が変わりすぎていて何がなんだか分からない。

細い路地の右手に巨大な低層マンション群ができており、そのマンション群が途切れると、広大な公園に行き当たった。

昔はマンション群エリアもこの公園もなくて、「三井のグラウンド」と呼んでいた、芝生のだだっ広い広場が続いていた。

 

▲  今では「三井のグラウンド」は「柏の宮公園」という自然を生かした公園になっていた。

 

▲  案内図からも、かなり広い公園であることがわかる。

当時の三井のグラウンドの半分くらいが、柏の宮公園になったようなイメージ。

 

▲  冬枯れの林みたいな公園はなかなか魅力的で、入っていきたかったが、冬の短い午後も遅くなりつつあったので、公園の散策は次回のお楽しみに。

 

▲  公園の反対側は戸建ての住宅が延々と並ぶのだが、バブル期の清里みたいな、ちょっとポップでおもちゃの家みたいな建物ばかり。

当時の面影が何もなくて、どの角を曲がると僕の生家なのかが全然分からない。

 

▲  3〜4本路地を曲がっては戻り、を繰り返し、ついに生家へと続くと思われる路地を発見して進む。

この後の写真はないが、僕が周囲をキョロキョロ、マップアプリを見ながら歩いていたら、自宅前で洗車をしていた初老の男性が話しかけてくれた。

そこで「こども時代にこの辺に住んでいたんです」と話したところ、いろいろ説明してくれた結果、その男性のお宅がある場所が僕の生家の一部と判明。

僕の生家は100坪以上ある広い敷地だったのを3分割して2区画を売りに出し、うち1区画をその男性(以降お隣さん)が購入して家を建てた。

そして、1区画には売主である僕の元叔父が住んでいることが分かった。

という話をお隣さんとしていたところ、路地の奥から自転車に乗って近づいてくる男性が。

お隣さんが「売主の⚪︎さんです」と教えてくれ、元叔父本人であることが判明。

自転車から降りた元叔父にお隣さんが声をかけてくれ、元叔父と45年ぶり?の再会となった。

元叔父と10分ほど立ち話をしたが、詳細はここには書かない。

ただ、元叔父の長兄である僕の父は、90歳にして健在であることが分かったことだけ書き記しておく。

この日のまとめ

朝の時点で、まさかこの日浜田山に行って元叔父と45年ぶりの対面を果たすとは、夢にも思わなかった。

これがこの日の大徒歩を「流浪」と名付けた理由だった。

つづく。

2026年1月 流浪の大徒歩 次の記事はこちら

浜田山から渋谷に移動 止まり木は見つからず [2026年1月 流浪の大徒歩 その8]
生家があった杉並区浜田山で衝撃の再会を果たした僕は、完全に頭が真っ白になってしまった。本来は浜田山の家の鎮守の神社に参拝しようとか、駅前の居酒屋で軽く一杯、とか考えていたのだが、全部ぶっ飛んで、気づいたら井の頭線で渋谷に着いていた。2026...

2026年1月 流浪の大徒歩 記事一覧はこちら(更新ごとに増えます)

2026年1月流浪の大徒歩
「2026年1月流浪の大徒歩」の記事一覧です。
タイトルとURLをコピーしました