2026年に入り、長めの街歩き「大徒歩」がマイブーム。
この日2月4日は「立春」なので、「立春大徒歩」と銘打って活動開始。
前半戦は僕一人で、途中からお友達と合流しての長い一日となった。
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というわけで、立春大徒歩のスタートは、東急目黒線の「不動前」駅から。
いま僕が住んでいる横浜市都筑区は、市営地下鉄グリーンラインが最寄りとなる。
グリーンラインは終点の日吉駅で東急東横線・目黒線と接続しており、目黒線はそのまま東京メトロ南北線と都営地下鉄三田線と相互乗り入れしている。
この日のメインの目的地は青山・麻布なのだが、青山に向かう都バスが目黒駅から出ているので、自宅から日吉経由で目黒に出ることにした。
そして、ふとお友達との待ち合わせ前に、36年前に訪れたきり封印した思い出の場所に行きたくなった。
先月の「流浪の大徒歩」以来、「自分のルーツを見つめ直す」がキーワードになっており、一度行ってみようということで訪れた。

さっそく紹介しよう。
封印した思い出の場所「不動前駅」から新たな大徒歩が始まる [2026年2月 立春大徒歩 その1]

▲ 自宅の最寄りの北山田駅からグリーンラインで日吉に出て、東急目黒線で不動前へ。
不動前は目黒の隣の駅である。
36年前の僕は西麻布の実家に住んでおり、不動前には西麻布から「黒77系統 千駄ケ谷駅 〜 目黒駅」のバスで目黒駅まで出て、一駅電車に乗って不動前に来ていた。

▲ 線路が高架化され駅舎も新しくなり、当時の面影はまったくない。
そもそも、1990年当時は目黒線ではなく「目蒲線」であり、緑色の芋虫みたいな電車がゴトゴトと走っていた。
もちろん東京メトロ南北線や都営地下鉄三田線との相互乗り入れもなかった。
というか当時南北線は存在せず、三田線は三田駅が終点だった。

▲ 不動前駅の駅舎にはまったく憶えがなかったが、改札を出ると狭くてクネクネと曲がる路地の両側に商店が並ぶ姿は記憶の景色と一致した。
そして上の写真、見覚えのあるそば屋さんの暖簾が目に入った。
ここは、19歳から20歳まで一年強お付き合いし、当時両家の家族にも挨拶して婚約していた恋人が住んでいたマンションの建物だ。
当時の我々は絵に描いたような熱愛をしていて、お互いが大学を卒業したら結婚する約束をし、彼女のご家族にも了解を得て、うちの母と祖母も喜んでくれていた。
家族ぐるみのお付き合いになっていて、音大に通っている彼女のお姉さんは音楽教室だった我が家の教室を自由に使えるようにしたり、彼女の叔父さんが役員だった東京ディズニーランドにVIP待遇で遊びにいかせてもらったりしていた。
付き合い始めた当初彼女は中野にお姉さんと二人で暮らしていたが、翌春に妹さんが大学入学に伴い上京して3姉妹で暮らすことになり、ここ不動前に引っ越してきた。
そんな約束された日々は、思いもよらぬ形で終わることになり、僕はそれ以来この土地を訪れることはなかった。
その話はいずれまた、どこか別のクローズドな場所で語ろうと思う。

▲ 実際は「不動前には二度と行かないぞ」などと思ったわけではなく、単に行く用事がなくなったまま何十年も経っていた、という感じ。
ターミナル駅でもない、目蒲線に乗って1駅で着く住宅地の駅には、行く用件がなければ行かないものだし、特段行きたいとも思わないから行かない。
そのまま年月が重なり36年たっていた。
そして今回僕がたまたま都心に出る経路に不動前駅があることを認識し、じゃあ訪れてみようという気持ちになった。
もっとも、この前週の「流浪の大徒歩」で偶然元叔父に出会ったり、1回目の結婚相手と暮らしたエリアに行ったりという「フック」がなければ、この日に不動前に立ち寄ろうという気持ちにはなっていなかったかもしれない。
それも含めて、そういうタイミングだったのだろう。
というわけで、立春大徒歩は不動前駅からスタート。
つづく。
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著者/出版プロデューサー/起業支援コンサルタント/ブロガー/心理カウンセラー。
あまてらす株式会社 代表取締役。
著書に「やってみたらわかった!40代からの「身体」と「心」に本当に良い習慣」「起業メンタル大全」「「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる」「ノマドワーカーという生き方」など全9冊。
神奈川県鎌倉市の海街在住。